今月のおすすめ絵本

みずうみにきえた村 

 文・ジェーン・ヨーレン 絵・バーバラ・クーニー (ほるぷ出版)

アメリカ、ニューイングランドにあるクアビン貯水池は、大都市ボストンの水不足を解消するため、スウィフト川沿いの谷間に広がる小さな町や村を沈めて作ったものです。1927年から20年ちかくをかけて行われた貯水事業は、古くからそこにあった人々の暮らしをすべて、家も学校も墓地も教会も、文字通り何もかもを、永遠に水底に沈めました。この絵本は、作者が子どものときにはまだそこにあった、自然豊かでつつましい穏やかな村の暮らしと、その後の変貌とを、一人の少女の目線で語ったものです。

「ボストンの人たちが水が飲めるように」「わたしたちの村を水の底に沈めることになったのです」

お墓を移し、木という木はすべて切り倒され、家はブルドーザーで押し潰され、村人たちは皆バラバラに離散していきます。さよならも言わず別れた友だち、奪われていくのは村や建物や友達だけではありません。夏の日のマス釣りやピクニック、遠くに響く汽笛の音、夜の木陰を舞うホタル、あるいは冬の厳しい寒さ、湖の氷を切り出したり、ほの甘いカエデの樹液を舐めてみたり…そんな子供らしい楽しみに満ちた暮らしが全部、永遠に、消え去ってしまうのです。跡形もなく。

ボストンの人たちのために。

でもこれは、まるで暴力のようではありませんか。

感情的な言葉は極力排して、ただ淡々と、少女が見たとおりを語っていく、静かで抑制のきいた文章であるだけに、余計に事実の重みが胸に沈み込んでくる気がします。

物語の終わり、大人になった少女が完成したクアビン貯水池をボートでめぐりながら、水面にホタルの幻影を見るシーンがあります。水に映った星かげがそう見えるわけですが、幼い頃につかまえたホタルの思い出と重なり合うこのシーンに、永遠に失われたものへの愛惜の念がしみじみと込められている気がします。

Homeへ         収録絵本一覧へ

inserted by FC2 system