大きな木のような人
作・いせ ひでこ(講談社)
フランス語で「あちこち」を意味する言葉「サエラ」(çà et là)。
その言葉通り、植物園のあちこちに出没しては小さなイタズラをやらかしてスタッフを困惑させている少女「さえら」が、園に勤務する植物学者と交流するうち次第に居場所を得ていく様子が詩情たっぷりに描かれます。
いせひでこさんの文章は、物語というよりは詩に近いひそやかなつぶやきのよう。言葉の中にたくさんの余白があります。
語られぬその余白が、かえってより多くの物語を浮かび上がらせているような気がするのです。そうしてそこかしこに―――それこそ「あちこち」に、物語の気配が満ちていく...。
―――人は皆、心の中に一本の木を持っている。
ひとりひとりの中に根づくそれぞれの木の物語に、そっと耳を澄ませてみたくなります。